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町田そのこという作家

· お薦め本

町田そのこという作家

何とも暑い日が続きます。「不要な外出はなるべくひかえて」と言われても、なかなか全員が全員そういうわけにはいきませんね。せめてお休みの日くらいは、クーラーのきいた部屋で本でも読みながらのんびりしたいものです。

ということで久々にお薦め本となります。私は、自分の好きな作家さんの作品というのはほとんど全て読んでしまうので、常に「新作まだかな~」の状態にあります。でもそれでは読むものに枯渇してしまうので、時々新しい作家さんを探します。今回ご紹介したいのは、そんな風に最近出会った作家さん、町田そのこさんです。「52ヘルツのくじらたち」が2021年本屋大賞に選ばれたことはご存じの方もいますでしょうか。

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初めて読んだのは「コンビニ兄弟テンダネス門司港こがね村店」でした。こちらのコンビニの店長がなかなかのキャラでして、とてつもないイケメンというだけでなく、とんでもないオーラ(フェロモン?)を誰にでも(無意識に)放出してきます。それはお客(特におばさま方)の中でファンクラブができるほど!でもあまりにもその佇まいが濃すぎて、若い人たちはこの店長に声をかけられただけで胸やけしてしまいます。そんな彼ですが、実は誰よりもこのお店に誇りを持ち、たとえ初めてのお客であっても何かあれば全力で守ろうとします。(「あなたは私の大事なお客様ですから」と言いながら、シャネルの香水を顔面にぶっかけたような濃さで見つめてきます)そんな彼のお店に訪れるお客たちの、笑いあり涙あり、そして自分も困った人を助けたくなる、そんな物語です。

「うつくしが丘の不幸の家」は、ある一戸建ての家を舞台に、そこに住む人々の物語を連作短編で綴っています。時系列ではなく、過去に遡るかたちで話は進み、全くつながりのないそれぞれの家族が、ほんの一緒自分たちの前に住んでいた家族に触れる瞬間がとてもうまく書かれています。読後、タイトルが沁みてきます。

「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」は町田さんのデビュー作ですが、こちらもつながりをもつ短編集となっています。その中のひとつ「カメルーンの青い魚」は、「女による女のためのR-18文学賞」を受賞しています。文章は全体的にとても静かですが、その中に、苦境に立たされた人間の、それでもここで生きていくと覚悟する強さ、そしてそれを支える人々のゆるぎない優しさが繊細に表現されていて、とても胸を打たれます。

まだデビューされてそんなに月日がたっていない作家さんなので作品はあまり多くありませんが、ここで紹介した作品は間違いなくどれも、生きていくってそんなに悪くないと思わせてくれる作品たちです。どこにでもいる(私たちのような)普通の人たち、でもみんなつらいことやしんどいことはたくさんあって、だけど生きていかなくちゃならなくて、どうせなら「生きていきたい」と思いたい。ただその思いをずっと自分ひとりで支えるのは結構きつい、だから人は他人のほんの些細な言葉や優しさに涙し、そこになにかを見つけます。人との距離を測らなくてはならない日々が続いている中で、他者とかかわることでしか生まれないあたたかみみたいなものを、改めて感じさせてくれる作家さんです。

新しい作家さんに、それも自分にぴたりとはまる作家さんに出会う喜びは何ものにも代えがたい。次の作品が楽しみな人が、またひとり増えました。